こんばんは。美枝です。
これから何回か書くつもりの
「毒親」シリーズですが、
「毒親」をキーワードにして
記事をバズらせてやるぜ!
とか、「毒親」ブログで
知名度あげて、本を出版するぜ!
といった野望が
まるっきりないため
(すいません)
散文的な内容になります。
そして、「毒親」との関係、
どうにかしたいけど
どうしたらいいの?
と悩んでいる方には
全然、役に立たない
かもしれませんので
悪しからず。
また、どうしても
重い内容になるのは明白なので、
できるだけ、軽く読めるように
気をつけて書くつもりですが
読むのがつらい状況の人も
いると思うので、
無理なさらずにね。
さて。
毒親に育てられてしまったと
自覚している皆さん。
「毒親」がいるなら
「完全な親」がいるのでは?
と考えてしまったことありませんか。
私は若いころ、
自分が「毒親」育ちであることを
受け入れることができず、
自分にとって「100%の親」が
どこかにいるんでは?
という妄想に取り憑かれていました。
そして
「自分にとっての真の親」
「100%パーフェクトな親」
を見つけようとして、
自分自身を深く
傷つけることになりました。
Photo by Jonathan Borba on Unsplash
私の親は私を認めてくれたり
私を褒めてくれることは
ほとんどありませんでした。
だから、
出会った人の中に、少しでも
自分を認めてくれるような
そぶりがあれば、
この人こそが
「私の本当の母親・父親だ!」
と勝手に思い込むのです・・・
当たり前ですが、赤の他人ですからね。
私が勝手に「真の親」判定しているだけで。
相手は別に、私のことなど
どうとも思っていないわけですよ。
けれども、あまりにも
精神的に未熟だった私は、
「私の真の親」だと思い込んだ人が
自分が思うように
自分を褒めてくれたり
認めてくれないために
勝手に傷ついたり・・・
勝手に落ち込んだり・・・
挙句、やっぱりこの人じゃない!
私の真の親は別の人だ!
と、また勝手に乗り換えて・・・
こんなことをかなり
長期間やっていました。
当時は、親との関係性が
一番悪化していた時期で
けれども、バッサリと
親との関係を断ち切ることが
できる状況ではなかった。
(その理由は後々書くと思います)
だから、
私にとっての
「100%の親」が
どこかにいるはず・・・
という幻想にどっぷり浸かることで
現実を見ないようにしていた・・・
とも言えます。
あれですね、
「白馬の王子さまが
いつか私を迎えに
来てくれるはず!」
っていう幻想に
ちょっと似てますね。
で、いつだったかは
はっきりと覚えていないのですが
「私にとって100%完璧な親など存在しない」
と明確に悟った瞬間があるのです。
何がきっかけだったか???
数分考えたんですが
やっぱり思い出せない・・・
うっすらと浮かんだのは、
最後の最後に
「この人こそ真の親」
判定した人の
ウラの顔を知ってしまった・・・
というような出来事が
あったんですよ、確か。
そのとき、
「ああ、もう止めなくちゃ。
こんなバカみたいなことは・・・」
って、ふと我に返ったような
記憶が蘇ってきました。
そのころは、いわゆる
「インナーチャイルド療法」
のようなものを
自己流でやり始めていたし、
自分がかなり他の人より
感覚的に感じやすい体質、
つまり、HSPであるという
自覚を持ち始めていて
関係する本を読み始めたのも
ひとつのきっかけ
だったように思います。
*HSPは近年トレンドになっていますが、
私が自覚したのは、だいぶ前です。
HSPからスタートして結果的には
スピリチュアル方面まで手を広げて
フラワーエッセンス療法やら
瞑想などもやり、
途中、内観法の一種ですが
“親からしてもらったことを
100個以上書き出す”
という課題(難題)も
なんとかやり遂げたりして
「毒親」という
キャッチーでわかりやすく
カテゴライズされたもの
に対する認識が少しずつ
変わっていきました。
この作品、実は、
最後まで読み切っていません。
あまりにも、読むのが辛すぎて
途中放棄してしまっています。
主人公がとにかく、というか、
ことごとく裏切られ続けます。
さらに、親との関係性で
悩んでいる人に
全然オススメできない。
(申しわけない)
でも、親子間の壮絶な
(という表現では陳腐なほど)
愛憎を描いた「神話」のような作品で
下手なハウツー心理学本を読むよりは
ずっと「ずしん」と心臓にくる作品です。
*「ずしん」というよりか
身体中を切り刻まれる感じかも?
とにかく内容が重いので
(性的虐待がストーリーのメインです)
メンタル的に弱っている人は厳禁です。
私も、もう少ししたら
最後まで読めるかも・・・しれない。
では。また。